霊長類の自慰の利点と起源が解明された。自慰行為はいつ、なぜ始まったのか?
自慰は人間だけでなく動物界でも一般的に広く見られる行動です。
しかしながらよくよく考えてみると、自慰は生殖の目的に矛盾しているようにも思えます。
なぜ動物は交尾に必要な時間、エネルギー、生殖資源を自慰で浪費してしまうのでしょうか?
今回、ロンドン大学の研究者らは、霊長類の自慰行為は少なくとも4000万年前に遡り、オスが交尾の機会が訪れた時の準備と、病気になりにくくするために役立っている可能性があると発表しました。
自慰の隠れざる効果と、その誕生の秘密に迫ります。
詳細は、2023年6月7日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B』に掲載されました。
要点
・霊長類は約4000万年前から自慰をしていた可能性がある
・霊長類のオスの自慰には交尾の準備と病気の予防という効果があった
霊長類の自慰は約4000万年前から始まっていた
猿(Image Credit: unsplash)
霊長類のさまざまな種に関する自慰行為の目的は、解明されている部分もあります。
たとえば、ニホンザルは交尾に備えて精子を新鮮に保つために自慰行為を行うことが判明しています。
ところが、この自慰行為がなぜ、いつ発生したのかについては未解決のままでした。
ロンドン大学のブリンドル氏らは、霊長類の中で自慰行為が始まった時期を特定するために科学文献を精査して、野生か飼育下かにかかわらずそれぞれの霊長類が自慰をするか否かを確認しました。
とはいえ自慰を観察するのは容易ではないため、論文として報告されていない場合も多々あります。
そこでブリンドル氏はデータの穴を埋めるために研究者にアンケートを送り、文献で報告されていない霊長類の自慰についてのデータを得ました。これは特に観察が難しいメスの自慰のデータを得るために重要でした。
さらに得られたデータを解析し、自慰が霊長類の系統のどこで発生した可能性が最も高いかを特定しました。
自慰の確認の困難さによるデータの欠落のため、最初の霊長類が自慰をしていたかについて明言はできません。
しかしブリンドル氏は、約4000万年前から「すべてのサルと類人猿の祖先」は自慰行為をしていたように見えると言います。
この時期は、サル類が東南アジアに生息する小型で虫の目を持つ霊長類であるメガネザルから分岐した頃を指します。
オスの自慰には交尾の準備と病気の予防という二つの効果がある
ライオンの交尾(Image Credit: unsplash)
さて、自慰の始まりの時期が推定されたところで、次に問題となるのはその理由です。
ブリンドル氏らは、自慰行為をする霊長類が複数のパートナーと交尾する傾向があるか、性感染症を引き起こす病原体などより多くの病原体に感染する傾向があるかを調査しました。
複数のパートナーがいる交尾システムは、マカクザルで見られるように、迅速な交尾や、好みの相手にすく興奮したり、精子の質を改善するなどの効果があるようです。
調査の結果はズバリ、霊長類のオスの自慰は複数の交配相手と病原体の蔓延に関連していました。
つまり、自慰には交尾の準備と病気の予防という効果があったのです。
ところで、ここまでの話はすべてオスに関するものです。
メスの場合、自慰行為をすると膣は精子が通りやすくなるように弱酸性化します。そのさい精子が通りやすくなると同時に、病原体も通過しやすくなってしまいます。
メスにとってはこの二つの仮説は成り立たないのです。
残念なことに、メスは性に対して受け身であるという歴史的に作られた偏見から、メスの自慰に関するデータは不足しています。
ですが、霊長類のメスの自慰のデータが集まれば、自慰が発生した理由について明確な答えが出せるかもしれません。
この自慰行為の研究は、霊長類だけを対象としては解決できないかもしれません。なぜなら、鳥類や爬虫類、他の哺乳類も自慰行為をしているからです。
性別に関わらず、そして霊長類以外の動物にも対象を広げたとき、自慰の発生とその目的が解明されるかもしれないのです。
参考文献
The evolution of masturbation is associated with postcopulatory selection and pathogen avoidance in primates
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.0061
When and why did masturbation evolve in primates? A new study provides clues
https://www.sciencenews.org/article/masturbation-evolve-primates