アルツハイマー症を克服する稀有な遺伝子を持つ男性を特定
アルツハイマー病の発症を遅らせる、新たな方法が見つかるかもしれません。
アルツハイマー病は、発症すると徐々に悪化していく神経変性疾患で、認知症の原因の約65%とされています。進行速度は個人差がありますが、一般的に診断されてからの余命は3〜9年と大変短い恐ろしい病気です。
コロンビアには、おおよそ40歳までにアルツハイマー病を発症する一族が存在しています。コロンビアのアンティオキア大学の研究チームは、その中から67歳までアルツハイマー病を発症しなかったある男性を調査し、若年時の認知症発症を予防する稀な遺伝子変異を発見しました。
その男性はどうしてアルツハイマー病の発症が遅れたのか、そのメカニズムとこれからの研究について解説していきます。
詳細は、2023年5月15日に『Nature Medicine』に公開されました。
要点
・嗅内野と呼ばれる従来よりも狭い領域が、アルツハイマー病に関係している可能性が示唆されました。
・アルツハイマー病が発症する原因は、アミロイドプラークだけではない可能性があります。
・リーリン-コロボス変異かAPOE変異が、アルツハイマー病の発症を遅らせる鍵になるかもしれません。
アルツハイマー病の発症を遅らせる遺伝子を発見
Credit:Unsplash
重要単語
パイサ変異:認知症を引き起こす遺伝子変異体
アミロイドプラーク:これまでの研究で、認知症を引き起こすと考えられてきた粘着性タンパク質複合体
リーリン:神経細胞の移動を補助するタンパク質。統合失調症や双極性障害に関係するが、アルツハイマーには関係がないと考えられてきた。
アンティオキア大学の神経科医フランシスコ・ロペラは、40歳かそれ以前にアルツハイマー病を発症する拡大家族を、40年間にわたって研究してきました。
その結果、約6,000人のほとんどに、若年性認知症を必然的に引き起こす「パイサ変異(プレセニリン1 E280A)」と呼ばれる遺伝的変異体が見つかりました。
ここまでは一般的な若年性認知症者の研究と何ら変わりありません。しかしながら研究チームは、さらにパイサ変異を持つ1,200人のコロンビア人のゲノムと病歴を分析したところ、67歳になっても軽度の認知障害しかないある男性を発見しました。
ということは、その男性は認知障害が起きていなかったのでしょうか?
その男性の脳を調べたところ、神経を破壊し認知症を引き起こすとされるアミロイドプラーク(老人斑)と呼ばれる粘着性タンパク質複合体と、病気が進行するにつれて蓄積するタウと呼ばれるタンパク質が、高濃度であることが分かりました。つまり脳の解析では、重度の認知症患者だったのです。
ところが、その男性の嗅内野(entorhinal cortex)と呼ばれる記憶の技術を調整する小さい領域は、タウの濃度が低いことを発見しました。
さらに研究チームは、従来の研究では、アルツハイマー病に関係がないとされていたリーリンと呼ばれる遺伝子に変異があることを発見しました。これはリーリン-コロボス変異と呼ばれ、マウスを使った実験では、リーリン-コロボス変異がタウタンパク質の量を制限していました。
今回の研究は、アルツハイマーはアミロイドプラークによって引き起こされるという理論に異議を唱えるものです。アミロイドプラークがたくさん存在しているにも関わらず、精神的に健康であったという事実は、アルツハイマー病の原因がより複雑であることを示唆しています。アルツハイマー病はいくつかのタイプがあって、その一部がアミロイドプラークによって発症しているだけかもしれません。
メカニズムの共通性から、抗アルツハイマー病研究の新たな可能性を開く
リーリン-コロボス変異かAOPE変異が重要な役割を果たしている可能性 ; credit : Unsplash
リーリン変異が重要そうであるということは、他の事例からも示唆されています。パイサ変異とリーリン-コロボス変異の両方を持つ男性の妹は、58歳で発症し、平均よりよも遅い64歳で重症化しました。
先行研究では2019年に、平均より30年遅れて認知症を発症したパイサ変異を持つ女性を特定し、その原因がAPOEの変異であることを突き止めました。今回の研究では、リーリン-コロボス変異がAPOEに結合していることを指摘しています(APOEは、パイサ変異を持たないアルツハイマー病者に関係する受容体)。
これらの研究は、リーリン変異かAPOE変異のどちらかが疾患から脳を保護していることを示唆しています。
多くのアルツハイマー病者と同様に、男性の海馬は平均よりも小さく退化していることを示しました。それにも関わらず男性の認知能力が比較的無傷のままであったのは、脳が損傷を補う能力を獲得していた可能性があります。
これまでの研究では、アルツハイマー病になる原因に焦点が当てられて、病気に対抗する要素の状況の研究はほとんどありませんでした。
今後の研究としては、リーリンとAPOEがタウに影響を与えるメカニズム、それらがパイサ変異を持たないアルツハイマー病者の助けになるかが、重要な課題になるようです。
参考文献
Resilience to autosomal dominant Alzheimer’s disease in a Reelin-COLBOS heterozygous man
https://www.nature.com/articles/s41591-023-02318-3
How one man’s rare Alzheimer’s mutation delayed the onset of disease
https://www.nature.com/articles/d41586-023-01610-z