足が麻痺しても自分の意思で歩ける技術を開発

不慮の事故などで足が動かなくなってしまっても、ふたたび歩けるようになるかもしれません。

不慮の事故で脊髄を損傷すると、大きな後遺症を残してしまうことがあります。半身不随や一部の麻痺などで、車椅子生活を余儀なくされることも少なくありません。

今回、スイス連邦工科大学ローザンヌ校を中心とした研究チームは、足に麻痺がある患者に脳と脊椎にインプラントを取り付けることで、以前のように一人で歩けるまでに回復させることに成功しました。

この研究は、事故などで身体の一部に麻痺を持つようになった人々が、事故前のように動ける可能性があることを示す画期的なものです。

詳細は、2023年5月24日に科学雑誌『Nature』に掲載されました。

要点

・脳と脊椎にインプラントを取り付けることで、脊髄損傷で足が麻痺していても自由に歩けるようになる。

・装置を利用しながらリハビリをすることで、神経細胞も再生している可能性がある。

脳と脊髄にインプラントを取り付けることで自由な運動が可能になる!?

脳に取り付けた装置のイメージ図: Credit : EPFL, Thought-controlled walking again after spinal cord injury (2023, movie)

用語

随意運動:自己の意思か意図に基づく運動のこと。

患者のガート・ヤン・オスカム氏は、12年前に自転車事故で首の脊髄を損傷して以来、両足と腕が部分的に動かなくなっていました。

脊髄が損傷することで、脳からの指令がうまく伝達されなくなってしまったのです。

2018年、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の神経科学者グレゴワール・クルティーンの研究チームは、脊椎下部を電気パルスで刺激する新たな装置を開発しました。

この装置と集中的なトレーニングを組み合わせることで、オスカム氏を含めた脊髄が損傷してしまった患者たちが、再び歩けるようになったのです。

しかしながら、この手法では3年ほどでそれ以上の改善が見られなくなってしまいました。歩けるようにはなりましたが、事故以前のように、自由自在に足を動かすことはできなかったのです。

今回、スイス連邦工科大学ローザンヌ校を中心とした研究チームは、2018年の研究で利用された脊椎インプラントに加え、2つの64電極グリッドを患者の脳を覆う膜に取り付けました

では、取り付けられた脳インプラントは、どのような役割があるのでしょうか?

まず、患者が歩こうと考えます。すると、脳が「足よ動け」と指令を出そうと電気活動を始めます。これを検出するのが脳インプラントの役割です。

検出した電気信号は背負っているコンピューターに送られ、そこで解析された情報が脊椎インプラントに送られます。

従来の装置では、事前にプログラムされた情報が脊椎インプラントに送られていただけでした。今回の研究では、脳の電気信号を直接解析して脊椎インプラントに情報が送信されるので、患者の意思に対応し細やかな動きが可能となったのです。

これにより、立ち止まること、歩くこと、階段を登ることなど、さまざまな動きをすることができるようになりました。

オスカム氏は「以前は刺激が私をコントロールしていたが、今は私の意図によって刺激をコントロールしている」と言います。

神経細胞も再生している可能性がある

装置を利用して歩いているオスカム氏: Credit : CHUV/Gilles Weber

装置を脳と脊椎に取り付けると、麻痺していた足を自由自在に動かせるようになる。これだけでも素晴らしいことですが、副次的にさらに嬉しい効果が得られました。

脊髄損傷を負って足が麻痺したオスカム氏が動けるようになるまでには、40回のリハビリが必要でした。装置とリハビリによって、次第に随意運動が可能になったのです。

このような随意運動は脊椎への刺激だけでできるものではなく、完全には損なわれていなかった神経細胞が回復していることを示唆しています。トレーニングによって動けるようになるだけでなく、神経細胞も再生している可能性があるのです。

事実、オスカム氏は、松葉杖を使えば装置なしでも短距離を歩くことができるようになりました。装置のない状態でも、感覚認識と運動能力が顕著に改善していたのです。

この結果は、脊椎を損傷した人々に新たな治療方法の可能性を示すかもしれません。

では、今後この研究はどのように発展していくのでしょうか?

今回の研究では、脊髄損傷で足が麻痺したオスカム氏のみが対象になっていました。この技術は、足の麻痺だけでなく、腕や手の麻痺に苦しむ人々にも適応できるかもしれません。また、不慮の事故だけでなく、脳卒中で体に麻痺が残った人にも応用できるかもしれません

今後は、技術の応用範囲を広げつつ、世界中の人々が利用できるようにすることを目的にしているようです。今後のさらなる研究に、期待が高まります。

参考文献

Walking naturally after spinal cord injury using a brain–spine interface
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06094-5

Brain–spine interface allows paralysed man to walk using his thoughts
https://www.nature.com/articles/d41586-023-01728-0

Thought-controlled walking again after spinal cord injury
https://actu.epfl.ch/news/thought-controlled-walking-again-after-spinal-cord/

Targeted neurotechnology restores walking in humans with spinal cord injury
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0649-2