人工知能を利用して新たな抗生物質を発見!

人工知能が新種の抗生物質を発見する、新たな時代が到来するかもしれません。

病気と抗生物質をめぐる細菌と人間の戦いは、有史以来、人類を悩ませ続けてきました。

病気を発症させる細菌が見つかればそれに対抗するための抗生物質が作られ、抗生物質が使用されれば細菌は耐性を手に入れる。抗生物質が効かない細菌は人間にとって最大の脅威であり、非常に危険な存在です。

そのうち発生した抗生物質に耐性を持つ「超細菌(superbug)」は、危険な院内感染を起こすため問題視されてきました。

今回、カナダにあるマクマスター大学を中心とした研究チームは、人工知能を利用して超細菌に効果のある新たな抗生物質を発見しました。

新たな抗生物質の発見にどのように人工知能が使われたのかと、今後の展望について解説していきます。

詳細は、2023年5月25日に科学雑誌『Nature Chemical Biology』に掲載されました。

要点

・情報を学習した人工知能が、アシネトバクター に効果のある新たな抗生物質を予測しました。

・発見された抗生物質アバウシンは、アシネトバクターにだけ効果があるという特異なものでした。

・人工知能を用いて新たな抗生物質を予測するこの手法は、他の研究でも応用できます。

耐性を持つ超細菌に効く新たな抗生物質を発見する研究

細菌のイメージ図(Image credit: unsplash

用語

超細菌:抗生物質に耐性のある細菌

細菌が抗生物質と格闘することで耐性を持つことは抗生物質耐性(antibiotic resistance; AR)と呼ばれ、そのような耐性を持つ細菌は超細菌(superbug)と言われます。

超細菌は抗生物質に耐性があるため、病院や医療現場で院内感染を引き起こす可能性があり、極めて深刻な問題となっています。

近年、人工知能の非常に速い発展に伴い、他分野でも人工知能を自らの研究に活用しようとする動きが活発になってきました。

2018年には、新薬を発見するために人工知能を活用したという研究が発表され、それ以降、この研究分野でも人工知能の利用が盛んに議論されています。

今回、研究チームは、アシネトバクター (Acinetobacter)と呼ばれる真正細菌に注目しました。

アシネトバクターは、湿潤環境を好み自然環境に広く生息しています。広い範囲に生息できる一方で、皮膚、血液、呼吸器感染症を引き起こすなど、人類にとって危険な存在でもあります。

そんなアシネトバクターの最も恐ろしい点は、他の生物のDNAの断片を自分のDNAに取り込む能力があり、それによって抗生物質に対して耐性を獲得できるのです。

事実、耐性を持った細菌は大変恐ろしい。最新の研究では、強力な抗生物質に耐性を持ったアシネトバクターに感染した患者が、診断から1ヶ月以内に4人に1人が亡くなっていることも判明しました。

さらに2019年には、米国疾病管理予防センターがアシネトバクターに対する新たな抗生物質の必要性を強調しています。

そのような状況の中、研究チームは、人工知能を用いてアシネトバクターに効く新たな抗生物質を発見しました。

一体、どのようにして発見できたのでしょうか?

情報を学習したAIが新たな抗生物質を予測する

共著者のJonathan Stokes博士(Image credit: McMaster University

研究チームはまず初めに、アシネトバクターを増殖させ、そこに7,500以上の薬剤を数週間にかけて使用しました。

次に、そこから細菌の増殖を抑制する480の化合物を発見しました。この実験はどのような化合物が抗生物質として役立つかの情報を提供してくれています。

そしてこの情報を人工知能に学習させることによって、効果のある抗生物質を予測するモデルを作りました。

そのモデルに6000の化合物を解析させると、その中から240の化合物が有効だと予測したのです。その間わずか数時間

予測された化合物をテストし構造や危険性などを吟味したところ、残されたのがRS102895と呼ばれる1つの化合物でした(研究チームは、アバウシン(abaucin)と改名)。

そして、アバウシンはアシネトバクターの抗生物質として効果を発揮したのです。

しかし、アバウシンの凄さはこれだけに留まりませんでした。

一般的に、抗生物質は多くの細菌に作用してしまいます。このような状況では、細菌が急速に耐性を身につけることが知られていました。

ところが、アバウシンはアシネトバクターにのみ作用することが発覚しました。そのため、アシネトバクターが急速に耐性を身に付けることは難しいと考えられます

実験結果を学習した人工知能が予測した抗生物質アバウシン。発見の手法の新規性のみならず、その物質の特性も相まって、世界中の研究者が注目すること間違いなしです。同様の手法を用いた新たな抗生物質の発見が期待されます。

参考文献

Deep learning-guided discovery of an antibiotic targeting Acinetobacter baumannii
https://www.nature.com/articles/s41589-023-01349-8

Carbapenem-Resistant Acinetobacter baumannii in U.S. Hospitals: Diversification of Circulating Lineages and Antimicrobial Resistance
https://journals.asm.org/doi/10.1128/mbio.02759-21

A new antibiotic, discovered with artificial intelligence, may defeat a dangerous
https://edition.cnn.com/2023/05/25/health/antibiotic-artificial-intelligence-superbug/index.html