地震波解析から火星の地殻の厚さを推定

火星の内部ではまだ、火山活動が続いているかもしれません。

火星は太陽系にある惑星の中で最も地球に似ており、かつ、他の惑星よりも近くにあるため、古くから多くの研究がなされてきました。

最近でもNASAが観測機器を火星に送り、重力データや地形データなどの基礎的な情報を収集していました。

今回、チューリッヒ工科大学を中心とする研究チームは、NASAの観測機器インサイト(InSight: Interior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy and Heat Transport)が収集したデータを解析したところ、火星の地殻の厚さが平均42〜56kmであることを突き止めました

この結果は、これまで定量的な推定ができなかった地殻の厚さの確かな情報を与えるとともに、現在の火星地殻の状態についての推定を可能にしました。

では、この研究を詳しく見ていきましょう。

詳細は、2023年3月6日に雑誌『Geophysical Research Letters』に掲載されました。

要点

・地震波の解析から火星表層を覆う地殻の厚さが平均42〜56kmであることを突き止めました。

・地殻の厚さが不均質であること、組成は均質であることが判明しました。

・火星内部で局所的で融解プロセスが進行している可能性が示唆されました。

探査機インサイトのデータから火星の地殻の厚さを推定!

火星の地形。標高で色分けしている。青っぽい部分が比較的標高が低く、赤っぽい部分が比較的標高が高い。(Image Credit: MOLA Science Team)

重要単語

インサイト:NASAが運用していた火星の観測機器。
地震波:地震によって生じる波。波形を解析することで波が通ってきた岩石の性質が分かる。
地殻:天体を覆う表層の部分。下にはマントルと核が存在している。

2018年5月5日、NASAは火星探査機インサイトを打ち上げました。同年11月26日に火星に着陸すると観測を開始し、火星の「風の音」を観測するなど数多くの成果を残しました。

当初の予定では2年であった運用期間は4年に延長され、2022年12月21日に通信途絶で運用が終了しました。

そんなインサイトの重要な仕事の一つが、地震波の観測です。備え付けられた地震計で火星表面の揺れを観測し、そのデータを解析することで火星内部の構造を推定することができます。

インサイトの運用も終盤に差し掛かった2022年5月、インサイトはこれまでで最大規模となるマグニチュード4.6の地震を観測しました

地震は、岩石内部が破壊されズレることで発生します。その時、揺れは波となって周囲へと伝播し、火星の表層や内部を通りながら遠方へと伝わっていきます。

このとき波が通った岩石の性質や構造によって、波の伝わり方に変化が生まれます。したがって、観測された波を解析すれば、岩石の性質や構造を推定することができるのです。

今回、チューリッヒ工科大学を中心とする研究チームは、インサイトが観測したマグニチュード4.6の地震波を解析しました。

この度の地震はマグニチュード4.6と比較的に大きかったため、地震による表面波は火星表層を3周もしたようです。これは波が火星全体を通ったことを意味しているため、火星全体の地殻の状態を知る手がかりになります。

研究チームはこのデータとこれまでに得られたデータを解析することで、火星表層を覆う地殻の厚さが平均42〜56kmであることを突き止めました

また、イシディス盆地で最も薄く約10km、タルシス地域で最も厚く約90kmでした。

では一体、推定された火星地殻の厚さから何が分かるのでしょうか?

火星の内部では局所的に融解プロセスが進行しているかもしれない

左図は標高で色分けしたもので、青色の部分が低く黄色〜赤色の部分が標高が高い。北部が低く南部は高いことが分かる。右図は推定された地殻の厚さを示している。標高で色分けした左図の似ていることに注意(Image Credit: MOLA Science Team / Doyeon Kim, ETH Zurich)

まず、この火星の地殻の厚さを、地球や月と比較してみましょう。

地球の地殻の平均の厚さはが21 ~ 27 kmであるのに対し、アポロ計画の地震計によって測定された月の地殻の平均の厚さは34 ~ 43kmでした。

このことから、火星の地殻は地球や月よりも厚いことがわかります

また、火星は南北で標高差があることが知られていて、地形的に北部が低い一方で南部は高く、その差は約10kmあります。この地形の特徴は岩石の組成によるものなのか、他の要因なのかは分かっていませんでした。

この問題に対し研究チームは、重力データや今回のデータなどから、北部と南部で岩石の組成は同一であることと、地殻の厚さが異なることを突き止めました。同じ岩石組成でありながら、北部は地殻が薄く南部は厚いのです。

組成が均一であることは、隕石衝突による地震波の解析から示唆されていた結果とも一致します。そしてこれらの結果は、火星の地殻の起源や進化過程を解明する上で、大きなヒントになるようです。

さらに、火星の地殻が厚いということは、火星の熱源について重要な示唆を与えてくれます。地殻には放射壊変で熱を発するトリウム、ウラン、カリウムなどの放射性元素が存在していて、地殻の厚さから推定すると、現在も地下で局所的に融解プロセスが進行している可能性があるのです。

火星で最大の標高約27kmもあるオリンポス山。かつてオリンポス山を形成したほどの火山活動は無くなりましたが、地下にはまだマグマが眠っているかもせれません。

参考文献

Global crustal thickness revealed by surface waves orbiting Mars
https://essopenarchive.org/users/549578/articles/627343-global-crustal-thickness-revealed-by-surface-waves-orbiting-mars

Martian crust like heavy armour
https://ethz.ch/en/news-and-events/eth-news/news/2023/05/martian-crust-like-heavy-armour.html

A quake on Mars showed its crust is thicker than Earth’s
https://www.sciencenews.org/article/mars-quake-crust-thickness-earth